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お知らせとお詫び

当サイト管理人について

はじめまして、omuと申すものです。当サイトの画像の作成を担当していました。

さて、管理人の慧神奈緒ですが、心無い者の手によって、現在更新が出来ない状況下に置かれているようです。
焼け出されて一命は取りとめたという話を、人づてに耳にしましたが、詳しい話はまだよくわかっていません。 いずれ、本人の口から語られる日がくることを願っていますが、今のところそれがいつになるのかも不明です。
とりあえず、不定期にサイトを確認させていただいて、スパムコメントの整理だけを行わせていただきます。
作品を読んで下さっている方には、管理人に代わってお詫びさせていただきます。

敬具

第3章 崩壊(1)

第3章 崩壊( 1 )


体の傷はもうすっかり癒えていた。

「飲酒運転。神父の暴走」と世間を騒がせたあの事故も、今ではどのマスコミも取り上げることはなくなっていた。
 
めまぐるしく変わりゆくこの世界で、他人の死など世間はすぐに忘れ去っていく。

悲しい表情でニュースを読んでいたキャスターが、次の瞬間には笑顔で明るい話題をふりまいている。

君島絵里香はいたたまれない気持ちで、テレビを消して部屋を飛び出した。

しばらくして絵里香は小さな公園のベンチに座っていた。

喧騒から離れたこの静かな場所を絵里香は気に入っていた。

いつもは素通りしていたこの公園が特別な場所になったのは彼のおかげだった。

「あなたと初めて出合ったのもここだった」
 
絵里香はいつも彼が座っていた場所に向け、ポツリと呟く。

放たれた言葉が誰の心にも届くことなく空気に混じって消える。

私は失ってしまった・・・・。

いつまでも続くと思っていたありふれた、それでいて幸せな日常。

そう。まるであの日のように・・・・。

養父母に手を引かれて振り返った教会。
笑い声が消えた砂場。

一番大切な物はいつも突然この世界から消えて無くなってしまう。

あの少し鼻にかかった声も、不器用な微笑みも、もう見つけることが出来ないのね。
細い指先が、やわらかな唇が触れるあの幸せな瞬間も永遠に失われてしまったのね。

・・・・会いたい。

 
彼女は涙がこぼれそうになって、目頭を軽く押さえながら空を見上げた。

肌に差すやさしい木漏れ日でさえ、今は彼女を傷つけているように見える。

そのまま揺れる木々を彼女は見つめていた。

・・・・ただ、ぼんやりと。

どこからか聞こえる笑い声が彼女をより一層悲しくさせたのだった。

「あははは。超うける」

「でしょ。あ、そうだ。これ、知ってる?」

「え、なになに?」

「この間メル友から聞いた話なんだけどね」

「メル友からってとこがあやしいよね」

「じゃー教えなーい」

「えー気になるじゃん。教えてよー」

「しょうがないなぁー。誰にも内緒だよ」

「うん。約束は出来ないけどね。あはは」

「もう・・・・。ま、いいか。その子の友達がね、自殺しちゃった子と携帯で話したんだって」

「はあ?どういうこと。自殺しちゃったら話せないじゃん」

「なんかね、死んじゃった人と五分間だけ話す方法があるんだって」
 
彼女の瞳は焦点を取り戻し、あたりを見回し・・・・そして次の瞬間はじかれたように駆け出したのだった。

そんな非現実的なことなんて在るはず無い。と、頭のどこかで考えながら、それでも彼女は止まれない。

長い髪を振り乱し、一心不乱に声のするほうへと。

声・・・・この声はどこから?

「マジ?嘘くさくない?それ都市伝説?」

「まあ、信じるかどうかはあなた次第ですって感じ?」
 
・・・・いた。あの二人組みだ。
 
絵里香は前を歩く二人組みの女子高生に駆け寄って、その肩を強く掴んだのだった。

<第3章 崩壊( 2 )につづく>



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第3章 崩壊(2)

第3章 崩壊( 2 )


「いいか。このことはママ先生とパパ先生には内緒だ」
 
通学路の途中で見つけた二人に、仁はそう言い聞かせる。
 
「小物入れのことは一緒に謝ってやるから」

頭を撫でられて絵里香は急に涙がこぼれた。

安堵感からなのか、それともやるせなさからなのか分からなかったが、それはとめどなく溢れた。

泣き止んでいたひいろもその様子をみてまた啜り泣きを始める。

仁は歩きながら暫く二人を見つめていたが、

「そいつらの名前をわかるか?」
 
と、立ち止まった。

絵里香が涙声で名前を言っていると、前方から1台の車が・・・・。

そのライトに照らされた仁の顔が怖いほど真剣なことに絵里香は気がついたのだった。



「本当に申し訳ありません」
 
田代絹江はひたすら頭を下げていた。

傍らには絆創膏を顔に貼った仁と亮介が立っている。

「ほら、二人も頭を下げなさい」
 
二人はしぶしぶといった感じで頭を下げる。

「以後、こんなことが無いようにしてくださいよ」
 
中心に陣取っている女が苦々しい顔でそういうと、周りを取り巻いていた者たちを引き連れてぞろぞろと施設から出て行った。

今日は土曜日。

小学校の授業は午前中で終わり、生徒達は一斉に集団下校する。

その途中に事は起こったのである。

ひいろの小物入れを奪って捨てた六年生と、まわりではやし立てた五年生のいじめっ子達に仁と亮介は襲いかかったのだ。
 
相手は五人であったが、その内の二人はリーダー格の少年に半ば無理やり付き従ってるような手合いであったから、小さな頃からいじめっ子と渡り合ってきた仁と亮介の敵ではない。

決着はすぐについた。

泣きながら逃げ出す彼らにリーダーは何か叫んでいたが、その言葉は何の効力もない。

しかたなく、残った二人をけしかける様に両手を大きく振る。

しかし、体が大きい亮介の突進は軽くその二人をなぎ倒し、リーダーの体をかすめた。

敵がバランスを崩した瞬間を仁は見逃さなかった。

すばやく足をかけて、相手を倒すとそのまま馬乗りになって拳を振り下ろす。

なぎ倒された少年達がリーダーを助けようと立ちあがる。

しかし、亮介にすぐに首根っこをつかまれ旧道の横を流れる用水路に投げ入れられてしまった。

びしょびしょになってしまった服に一人の少年が泣き出すと、それにつられたようにもう一人の少年も啜り泣きを始める。

残ったリーダー格の少年も顔の前で両腕をクロスさせて仁の拳を防いでいたものの、数発は殴られていたので鼻血を出しながらべそをかいていた。

決着はついたのだ。

それでもなお拳を振り下ろそうとする仁を亮介は制するように後ろから抱え込む。

仁はそんな亮介をキッと睨んだが、首を振る亮介と倒れて泣いている少年をみて、ゆっくりと立ち上がった。

「次に妹達に手を出してみろ。こんなもんじゃすまないからな・・・・」
 
その震えた声からは彼の怒りがまだ収まっていないことを知ることが出来た。

なおも何かを言おうとしている仁の腕を亮介はぐいっと引いて歩きだす。

どこからか騒ぎを聞きつけた大人たちが旧道に駆け出た頃には、もう二人の姿はどこにも見当たらなかった。



「さあ話なさい。いったい何があったの?」
 
静かになった部屋の中で絹江は二人に問いかける。

夕日が差し込む室内は赤と黒で彩られていた。
 
二人はただこぶしを握り締めたまま、うつむいている。

「黙ってたんじゃ先生何もわからないわ」

「なんで・・・・」

「ん?」

「なんであんなやつらに謝らなくちゃいけないんだ!!」

「亮やめろ!!」

「仁ちゃん」

絹江は仁を制して、亮介の肩に手を当てる。

「亮ちゃん。どうしてそんなこと言うの?」

亮介は絹江から瞳をそらすように顔をそむける。

「・・・・なんでもない」
 
絹江は、ふうと息をついて、

「ママ先生はね別に喧嘩をしたことを怒ってるんじゃないのよ。あなたたちのことだからきっと何か理由があるんでしょう?それを知りたいだけなのよ」
 
真一文字に口を結んでしまっている二人に絹江は、今はどんな言葉を言っても仕方がないと思ったようだ。

「そう・・・・わかった。こんなことはしたくないのだけど、でも仕方ないわ」
 
と、二人に背を向けると、

「二人だけで教会の掃除をしなさい。私がいいというまで」
 
そういってつかつかと出口に向かって歩いていく。

「でも・・・・」
 
扉の前で立ち止まって二人の方をちらりとみてから、

「話したくなったらいつでもいらっしゃい」

そう言って絹江は静かに扉を閉めたのだった。


<第3章 崩壊( 3 )につづく>



第3章 崩壊(3)

第3章 崩壊( 3 )


「これでよかったの?」
 
バタンと音を立てて閉まったドアを見つめながら茜が問いかける。

「ああ」

男は短い言葉で会話を止め・・・・。

不服そうな茜を気に留めることなく、キーボードをたたき始める。

その音が出口を求めるように六角形の室内で反射を繰り返しながら、茜の耳に不快に響いた。

ふうっと小さなため息をついて茜は男を見つめ返す。

こういう風に男が会話を止める時はもう何を言っても無駄なのである。

最近はずいぶん口調も柔らかくなってきたと思ったのに・・・・。

茜は初めてこの男と出会った時のことを思い出していた。

まるで感情を持ち合わせていないような冷たい態度。

抑揚のない声で吐き出される残酷な言葉。

「お前に残された選択肢は二つだけだ。永遠の苦痛か、絶え間なき恐怖。さあ、選べ」

突然の出来事に呆然としていた茜は、ただその場で座り込んで泣くことしか出来なかったのだ。

「お前の居場所はもうどこにも無い」

さらに追い討ちをかけるように突き立てられた言葉に

「どうして・・・・なんで私なの?」

と、心の中で繰り返す。何度も・・・・何度も。



「どうかしたのか?」

その言葉で、茜は我に返った。

男は手を止めて茜を見つめていた。

「ううん・・・・」

そう言いながら茜は少しだけうれしかった。

以前の男からは考えられない反応。

ささいな感情の揺らぎを男は察知してくれたのだ。

「作戦になにか不満でもあるのか?」

茜からモニターに目を戻しながら男が言う。

「そうじゃないけど・・・・」

「エリサの言葉通りだ。一見遠回りのように見えてもこれが一番影響が少ない方法だ」

再びキーボードを叩き始める男。

「分ってるわ。でも・・・・」

「彼女達の事・・・・か?」

「・・・・うん」

「気にするな。人は、いや生物はみな死ぬために生まれ、命を繋ぐために生きる。たとえそれがどんな終幕であろうとも、あの世界ではそれが唯一の真理だ」

「・・・・冷たいね」
 
それきり男は口を開くことはなかった。
 
茜は男がこの方法を快く思っていないことを知っていた。

自分の気持ちを押し殺してでも実行しなくてはいけないのも分かっていた。

だからなおさらこう思ってしまう。

せめてその苦しい胸の内を私だけには打ち明けてほしい。

ぶつけて欲しい

共有させて欲しい・・・・
 と。
 

茜に芽生えたかすかな喜びは、いつの間にか悲しい気持ちに侵食されていたのだった。


<第3章 崩壊( 4 )につづく>



第3章 崩壊(4)

第3章 崩壊( 4 )


「君・・・・大丈夫か?」

君島絵里香は、古ぼけたマンションの一室に立っていた。

携帯電話からは絵里香を気遣う上司の声が聞こえている。

「はい・・・・」

「ならいいが・・・・。移植が成功した患者さんから遺族宛の手紙を預かっているんだ。君も目を通すといいだろう」

「はい・・・・」

「絵里香君・・・・気持ちは分かるが・・・・いいかい。医者の君がそんな状態では・・・・」

絵里香は叫びそうになる自分を必死に抑えた。

何を分かっているというの?

この苦しみがあなたに分かるはずなんてない!


慰めの言葉はもう、絵里香の耳には届かなかった。

職業柄いくつもの死に直面してきた絵里香であったが、身近な・・・・特に愛する者の死。

まるで自分をかばう様に逝ってしまった彼との別れを受け入れることが出来ないでいるのだ。

上司との会話を事務的にきりあげると、絵里香はその見知らぬ部屋を後にした。

左手にはキラリと光る何かが握られている。

絵里香の足は自然とあの場所に向かっていた。

彼との出会いの場所へと・・・・。

日はもう随分傾きかけていた。




「ママ先生?」

その言葉で田代絹江は吹きこぼれている鍋に気付いて、

「あら、いけない」
 
と、慌てて火を止めた。

そしてついついボーっと考え込んでいる自分に気づく。

もちろんその考え事とは仁と亮介のことである。

責任感が強くて年の割には落ち着いたというか、若干醒めた雰囲気を持つ仁。

その反面無鉄砲なところもあって小さい頃は手をやかされたものだ。

体が大きくて温和な性格の亮介はちょっと泣き虫で気が弱いところがあるけど、妹達の面倒をよく見てくれている。


性格がまったく異なる二人であったが、不思議と仲が良かった。

お互い持っていない部分を認め合い、補いながら成長していく様子を絹江は微笑ましく見守ってきた。

絹江は世の中の親がそうであるように、二人のことを十分理解していると思っていた。

いや、理解しているつもりでいたのだ。

しかし、それは大きな間違であったことに気付いた。

気付かされたのである。

私の知らない顔を子供達が持っていることなど考えもしなかった。

・・・・あの子達はいったい何を考えているのだろう。


絹江は分からなくなってしまった。

「ふう」
 
と、深いため息をついた絹江を見て、夕食の手伝いをしていた少女達が、

「ママ先生、お腹いたいの?パパ先生呼んでくる?」

と、心配そうに駆け寄ってくる。

エプロンの裾にしがみつくようにして見上げている純粋無垢なその瞳が、絹江の心に暖かい風を呼び起こさせる。

そう・・・・そうね。私がこの子達を守ってあげなければ。

信じてあげなければ。

自我が芽生えてくる年頃だもの、隠し事の一つや二つあってもおかしくないわ。

全てを理解しているつもりでそんな傲慢をおしつけていたなんて、私はなんて愚かだったのだろう。

そういうものを全てひっくるめて、私はこの子達のことを愛していこうと決めたはずなのに。


少女達の産毛のように柔らかい髪に触れながら絹江は再び、誓いにも似た思いを噛み締めたのだった。


<第3章 崩壊( 5 )につづく>



第3章 崩壊(5)

第3章 崩壊( 5 )


「どうしてママ先生に話しちゃ駄目なの?」

薄暗い礼拝堂で三つの影が揺らめいている。

モップを持った亮介も絵里香の言葉に頷いて仁を見返す。

端のテーブルに腰掛けていた仁はモップの柄をテコにしてふわりと飛んでから、

「いいか。俺達がいままでずっとイジメを黙っていたのはどうしてだ?」
 
と、二人の前で腕を組んだ。
 
まだ三年生のエリカは首をかしげている。
 
亮介が自信なさそうに、

「ママ先生に心配させないため?」
 
と、近くの机に座る。

「そうだ。俺達が「捨て子」とか「家なし」とか言われてイジメにあっているって事を知ってみろ。ママ先生またあの時みたいに泣いちゃうだろ?」
 
亮介は、以前自分達がイジメに遭っていることを知った絹江が、礼拝堂で泣きながら祈っていた姿を思い出した。

毎朝毎日学校に行く前に、泣きはらした目で抱きしめてくれた。

まだ幼かった仁と亮介にとって、絹江のその姿は虐めらる事よりつらい記憶として心に焼きつき・・・・。
仁と亮介に「強くならないと・・・・」と決心させたのだ。

「それから・・・・」
 
仁はしゃがんで絵里香の肩を抱き、言い聞かせるように話し出す。

「いじめをする奴らにとって理由なんてものは何だっていんだ。

人と違っていたり、仕草や態度。幾らだっていじめる理由を見つけ出して襲い掛かってくる。
・・・・俺達が捨てられたのは本当のことだ。
それだけで俺達は恰好の的なんだ。「捨てられた子供」っていう肩書きはたぶん死ぬまで俺達についてまわる。
 
だから、絵里香もそういわれても泣かないくらい強くならなきゃな」

 
そういわれて絵里香は、急に悲しくなった。

自分が親に捨てられたということは知っている。だからここにいることも・・・・。

それでもまだ小さい絵里香がそれを受け入れて自分の中で完全に昇華するまでには多くの時間が必要であったのだ。

ぽろぽろと大粒の涙が絵里香の頬を伝う。

「それまでは、俺と亮介がお前達を守るからな」
 
絵里香は泣きながら何度も何度も頷いた。

亮介も仁の真似をして机から飛び降りると絵里香に近づいて頭をそっと撫でる。

と・・・・タタタッという足音と共に、もう一つの影が三人をやさしく包み込んだのだ。

「ママ先生?」
 
それは絹江だった。

物陰から全てを聞いていたのだ。

絹江の後を追うように、他の少女達も礼拝堂に駆けいってくる。

「ごめんね・・・・」
 
込み上げてくる愛しさ・・・・。

それをどう表現したらいいのか分からずに絹江はそう言うしかなかった。

薄暗い礼拝堂の中で、その場所だけが明るく暖かく思える・・・・。

そんな瞬間だった。

絹江は精一杯の優しさで子供達を抱きしめたあと、一人一人の頬を撫でながら、

「聞いて・・・・。これからはつらいことがあっても抱え込まないで全部わたしに話して頂戴。
いい?みんな。
誰がなんと言おうと、あなた達は私の子供。

かけがえのない家族なんだから・・・・」


泣きながら頷く子供達に囲まれながら絹江は神に祈らずにはいられなかった。


どうかこの愛しき子達に祝福を・・・・と。


<第3章 崩壊( 6 )につづく>



第3章 崩壊(6)

第3章 崩壊( 6 )


君島絵里香は携帯電話を握り締めていた。

もうどれくらいそうしているのか、彼女自身もわからない。
 
夕暮れの小さな公園は人気もなく、ただ木々が落とす長い影に埋め尽くされていた。

冷たい北風が体温を奪おうと彼女にぶつかっては散っていく。

ベンチに座ったまま、彼女はぽっかり空いてしまったかのような空間を見つめていた。

彼がいつも座っていた場所。

彼が消えてしまった以外、何も変わらないような日常からすれば、ぽっかりと空いてしまったのは彼女の心のほうなのであろう。

それを埋める術を彼女は知らなかった。

いや、本当は知りたくなかったのである。

人間の記憶とは時と共にコーヒーに落としたミルクのように曖昧になっていく。

・・・・あの愛しい笑顔さえ、いつか私の心は完全には映し出せなくなってしまうだろう。

忘却と美化を繰り返し、本当の思いでは記憶の底に沈んでゆく。

彼が持っていってしまった私の欠片はいつまでもそのまま。
けれども、いつか私はそれを失くした事さえも忘れてしまうのだろう。


そんなの・・・・そんなのあまりにも悲しすぎる。

彼女は握り締めていた携帯電話をじっと見つめた。
 
そこには先ほどまで左手に握られていた不思議な形の携帯ストラップが付いている。

そんなことをしたって、何の答えも救いも無いことは分かっている。

しかし、それでもなお彼女はそうせざるを得なかったのだ。

気付くと彼女の親指はボタンを押していた。

あの男に言われたようにはじめに三桁の数字をいれて・・・・。

頭では分かっていながらも、それでも彼女の心は期待を秘めずにはいられない。

呼び出し音と共に高鳴る鼓動。

祈るように瞳を閉じる。

風は息を潜め、木々たちは両の手を広げ彼女を静かに包みこむ。

そして数回の呼び出し音の後、その時は訪れたのだ。

携帯ストラップがぼんやりと光を放つ。

「もしもし・・・・」
 
懐かしい声が彼女の心を貫いた。

溢れ出す思いはやがて涙へと変わり、夕闇が近づく世界にこぼれ落ちたのだった。


<第3章 崩壊( 7 )につづく>



第3章 崩壊(7)

第3章 崩壊( 7 )


真っ暗な部屋の中に微かな光が差し込むと・・・・

眠りについている少女達の顔がぼんやりと浮かび上がった。

ドアの隙間から誰かがこちらの様子をうかがっている。

眠れずにいた絵里香は慌てて瞳を閉じた。

その「誰か」は慎重に少女達が眠っていることを確認してから部屋の中に入ると、静かにドアを閉めた。
 
ずりずりと摺り足で一人の少女の枕元まで来ると腰を落とし、耳元に顔を近づける。

絵里香は息を潜めた。

低く囁くような声が聞こえてくる。

耳を澄ませてみたが、内容を聞き取ることは出来ない。

「ん・・・ううん」

一人の少女が寝返りを打つとその囁きがピタリとやんだ。

が・・・・、暫くすると、今度は違う少女のところにかがみ込み、同じようにぼそぼそと呪文のように繰り返す。

そして・・・・。

次は絵里香の番であった。

生暖かい息が、抑揚のない声と共に耳に届く。

その声を聞いて絵里香はそれが誰であるかやっと分かった。

普段の穏やかな表情からはかけ離れた暗く恐ろしい声色が恐怖を掻きたてる。

絵里香は瞼をぎゅっと閉じた。

男はなおも同じ言葉を繰り返す。

何度も・・・・何度も。



ほんの数分の出来事が絵里香にとっては気が遠くなるほど長く感じられた。

やがて男は立ち上がると静かに部屋から出て行った。

静けさと暗闇の中、しばらくは体を硬くしていた絵里香であったが、緊張が解けるにしたがって男が言っていた言葉の意味が気になり始めたのだった。

「オイル抜いたのは瞳ちゃん」

それはあの時、ひいろがつぶやいた言葉だった。


<第3章 崩壊( 8 )につづく>





第3章 崩壊(8)

第3章 崩壊( 8 )

「なあ、お前。雨も強くなってきたからそろそろ引き上げよう」
 
男はそう言って女の手を引いた。
 
しかし、何度と無く足を運んでいるこの場所から女は一向に動こうとしない。

「もう少しだけ・・・・もう少しだけ待ってみましょう」
 
キャンプ場からの微かな光が、湖面を乱す雨粒の波紋を浮かび上がらせている。

「結局、いつもここに戻ってくる」
 
虚しさを吐き出すように男が呟いた。

「・・・・そうね」
 

二人はこの場所でたった一つのものを失った。

それは事実であった。

しかし真実は・・・・全てを失ったのである。

その後の二人の暮らしは砂漠の砂のように乾いてしまった。

激しく降り注ぐ雨を浴びても一向に心は潤うことはない。

「そうね・・・・もう・・・・」
 
と、女が言いかけた時だった。
 
男が握っていた手を解き、駆け出したのである。

あなた?」
 
湖に向かって走る男に問いかけるが答えは返ってこない。
 
女はもう一度何かを言おうとしたが・・・・・

次の瞬間、男を追って走りだした。

何の迷いも無く湖に駆け込むと男の頭が上下する方向に眼を凝らす。

・・・・まさか。まさか。

張り裂けんばかりに高鳴る心臓が、ある思いを全身に送り出していたのだった。


<第4章 別れ( 1 )につづく>



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